教会報の巻頭言

聖マリアの両親 聖ヨアキムと聖アンナ
中嶋義晃神父

ヨアキムとアンナは、聖母マリアの両親と伝えられ、その生涯は、外典「ヤコブ原福音書」(2世紀)や「マタイ外典福音書」(5世紀)、およびその改作ラテン語版「マリア誕生福音書」など古来の伝承をまとめた文章から知ることができます。

それによると、ヨアキムはユダ族のダビデの子孫で、ガリラヤの町ナザレで生まれました。
エルサレムの近くにに住んで、かなり裕福な羊飼いでした。
アンナはユダヤのベツレヘムに生まれ、父はダビデ王の子孫で祭司マトンと言い、母は大祭司アーロンの直系、レビ族のマリアと言いました。
アンナの両親は家畜を飼育し、裕福に暮らしていました。アンナにはマリアという妹がいましたが、この妹の娘が洗礼者ヨハネの母エリザベトです。

さて、2人は結婚しました。
ヨアキムは、エルサレムにも別荘をもっていたそうで、時々そこに行っては神殿に通い、祈り、黙想などをしていました。

しかし、長い間子どもに恵まれずに、子どもを授かるよう神に祈りをささげていました。
アンナは40歳のころにマリアを産み、マリアが3歳になると、アンナは約束通りマリアを神にささげようとエルサレムの神殿に連れて行き、神殿付属の女学校に入学させまました。

マリアの両親への崇敬は6世紀ごろから東方教会に広まります。
東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世は550年ころ、コンスタンチノポリスに聖アンナ教会を建立しました。
エルサレムにもほぼ同時代に、聖アンナ聖堂が建てられました。
7〜8世紀には聖アンナへの崇敬は西方教会にも広まり、10〜11世紀ころから、聖アンナの祝日が多くの地方で祝われるようになりました。
教皇グレゴリオ13世は1584年に聖アンナの祝日を全教会で守るよう定めました。

ヨアキムとアンナは、イエスが誕生したときまで生きていたといわれています。
アンナは、ブルターニュの守護の聖人とされています。
レオナルド・ダ・ヴィンチによるアンナの聖画はルーブル美術館に保存されています。

教会報 2024年7月号 巻頭言

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