2006年1月

マリアに倣う愛徳の恵みを
鈴木三蛙神父

去る10月、スペインに旅行して驚いたことがあります。
人々の聖母マリアに対する崇敬ぶりです。
どの教会に入っても中央の祭壇には聖母マリアの御像が安置され、キリストの十字架像は脇祭壇に置かれていたのです。
あたかもマリア自身が救い主であるかのように錯覚するほどです・・・。

私たち日本への信仰の伝達は彼の国からの宣教師たちによってもたらされています。
しかしこれほどのマリア信仰は受け継いでいないようにおもいます。
今回あらためて彼の国の人々のマリアに対する思いを知りました。

1月1日は神の母マリアの祝日です。
神はイエス誕生のためにマリアの同意を求めました。
お言葉通りこの身になりますように。
マリアの言葉によって長い救いの歴史は秒読みの段階に入り、マリアはその秒読みを最後の時まで続け、救い主の母として苦しみの時を刻み続けました。

キリストと共に贖いの業をなしとげたお方。
協償者マリア。
救いの最大の協力者。
だからこそ神の母という最高の賛辞を惜しみなく捧げるのです。

私たちの教会でも宣教司牧部が誕生し、訪問司牧も活動を始め、教会に奉仕する新しい委員も選任されました。
神の母の祝日に当たり、新しい一年のために聖母マリアの取り次ぎを祈ります。
教会員一人ひとりに、マリアに倣う行動的な愛徳の恵みが与えられますように・・・。

教会報 2006年1月号 巻頭言

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