2009年5月

日本人はいい人ばかりなのに
齋藤紳二助祭

ある外国人が国に帰って行きました。

彼は故国で民主化運動に参加したために、政府から迫害され命の危険を感じて日本に逃げてきた人です。
しかし、日本での4年間のうち2年半を収容所ですごさなければなりませんでした。
その間、難民として認めてもらおうとさまざまな努力をしましたが、提出した多くの証拠書類がすべて「信用できない」と判定され退去命令が出てしまいます。
日本定住にむけてチャレンジする道はまだ残されていたのですが、それまでの入管の対応から「どんなに頑張っても日本は私を受け入れてくれない」と判断し、危険が待っているのを承知で故国に戻ることにしたのです。

彼は大のカラオケ・ファンでした。とくに演歌が好きで、30曲以上もマスターしていました。
カラオケに誘うと、いつもの沈うつな表情がぱっと明るくなり、ほとんど私にマイクを渡さずに二時間も歌い続けるのです。
身振り、手振りまで交えての熱唱でした。
彼の笑顔が見られたのは、カラオケ・ハウスの中だけだったような気がします。

別れの食事のとき、「せっかく演歌をたくさん覚えたのに、もうカラオケをバックに歌う機会がなくなってしまうね。もったいないね」と語りかけると、彼は答えました。
「これからも歌うよ。国に帰って刑務所に入れられても、演歌を歌えばなんとか耐えられると思うよ。演歌って我慢する歌ばかりじゃないか。」

それから2ヵ月。彼からは何の連絡もありません。
平和に生きているのか、刑務所に入れられたのか、あるいは、もっとひどい目にあったのか……
何も分かりません。
どんな状態にあれ、演歌が彼を支えてくれていることを祈るばかりです。
彼が残した最後の言葉が頭の中によみがえります。
「日本人はみんないい人。みんな優しかった。でも、日本の国だけ意地悪だった」

教会報 2009年5月号 巻頭言

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