2009年10月

井上靖さんと聖母
齋藤紳二助祭

作家の井上靖さんに最後にお目にかかったのは、1989年のことだったと思います。
井上さんが重いガンと闘い抜いてしばらくたったころでした。
井上さんはこの病気に大変ショックを受けたと聞いていましたが、お目にかかったときはお元気そうでした。

井上さんのお話は談論風発、時間のたつのを忘れたものでしたが、そのときも話題がとぎれることはありませんでした。
その話題のひとつが、ガンの治療を終えた後の旅のことでした。
ガンと聞いていったんは生きる意欲を失ったものの、すすめる人もあり、この世の最後の旅としてスイスからパリまで車でたどってみることにしたのだそうです。

「田舎の村から村へとたどって行く。見渡す限りの麦畑だ。その中で人々が働いている光景は、ミレーの絵そのままだった。夕暮れになると、教会の鐘がなる。畑で働いていた人たちが教会に入っていく。私も入って見た。すると、さっき畑で働いていた農家の少女とそっくりの、素朴は顔をした聖母像が安置されているんだ。信仰のいとなみと生活のいとなみがひとつなんだ。これが彼らにとって生きるということなんだ、と思った。」

ことばはもっと豊かで含蓄のある表現が使われていましたが、話のおよその内容はそんなことでした。そして、井上さんはこう付け加えました。

「この旅で私は命をもらった。生きようという気持ちを取り戻したんだ。」

井上さんに伝えませんでしたが、私はひそかに「マリアさまが井上さんに語りかけたんだ」と思いました。
井上さんの旅がどの季節だったのかは聞き忘れました。
私は勝手に秋の旅だったと決め付けています。
生きる意欲を失っていた井上さんの心の耳に、聖母が命のことばをささやきかけたのは、金色に色づいた木々を背景にしていたに違いないという気がしてならないからです。
あるいは、10月がロザリオの月で、マリアさまと私たちの距離が1年中で一番近くなるからかもしれません。

井上靖さんは、1991年に亡くなられました。

教会報 2009年10月号 巻頭言

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