2014年8月

父が語らなかったこと
齋藤紳二助祭

40年ほど前に亡くなった私の父は新聞記者でした。

生前、父はよく1937年に始まった第2次上海事変に特派員として派遣されたときのことを語っていました。しかし、最近になって父が同じ年に起こった『南京事件』の直後、現地に取材に赴いていたことを知りました。いくら思い起こそうとしても、生前の父から南京での取材話を聞いた思い出は甦ってこないのです。おそらく、父はこの時のことを人には語るまいと心に決めていたのでしょう。

父の死後、特派員時代の膨大な取材メモが残っていたことを知りました。朝日新聞が1年間にわたって『新聞と戦争』という特集を組み、2008年に本として刊行しましたが、父のメモも、父が書いて紙面に掲載された記事ともども、この本の中で何度も引用されています。想像したこともなかった父の一面を、私はこの時初めて知りました。

8月になると、新聞・テレビは太平洋戦争をテーマにした記事や映像であふれます。大虐殺があったとされる『南京事件』も取り上げられますが、それが実際にあったのかなかったのかの論争には、日本国内ではいまだに決着がついていないようです。

私には父が守っていた沈黙がすべてを語っているように思えてなりません。

教会報 2014年8月号 巻頭言

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