教会報の巻頭言

復活者のことば(その2)
御前(みさき)ザビエル

今年は、コロナウイルスのことで、皆で主イエスの復活を心から祝うことができませんでした。
だからこそ、復活されて弟子たちに与えてくださった復活者のことばを、マリア様に倣って、ことごとく心に思い留めましょう(ルカ 2・51)。

「行って」「わたしもあなたがたを遣わす」

わたしたちの罪のゆえに、その罪のゆるしのために、死んで復活されたイエスは、ゆるされた者になったわたしたちを、平和とゆるしを告げるために遣わされます。
キリスト者になったのは、自分のためであるよりは、人々のためです。
キリストからいただいているゆるしと平和を、世界の果てまですべての民に告げ知らせるためです。
目的は、わたしたちが告げていく、救いの喜ばしい知らせを喜んで受け入れる人々との平和であり、すべての人々の永遠のいのちです。
「眠りについているもの、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる」(エフェソの信徒への手紙 5・14)。

「すべての民をわたしの弟子にしなさい」

「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」とイエスからはっきり言われたことに対するわたしたちの最初の反応は、おそらく、無理だというものでしょう。
しかし「すべての造られたものに福音をのべ伝えなさい」と命じるイエスのこのことばは消すことはできません。
そのことばに従って生きる一つの方法は、マザーテレサが「わたしをお使いください」という祈りで勧める生き方です。
「貧しい人や病んでいる人を助けるために、わたしのこの手をお使いください……。友を求める人々を訪れるために、わたしのこの足をお使いください……。優しいことばに飢えている人々と語り合うために、わたしのこの声をお使いください……。人は人であるという理由だけでどんな人でも愛するために、わたしのこの心をお使いください」。
このような生き方によって、福音は伝わっていくでしょう。

「ともにいる」

復活者イエスのことばに、教会の存在理由と使命が示されています。
それは、「すべての人に福音をのべ伝えるように心がけること」「父と子と聖霊の愛を宣言し、ゆるしと平和を与え、実現させること」「イエスのように貧しく、従順に、奉仕と自己奉献の道を歩むこと」です。
わたしたちの力だけでは、到底その使命を全うすることはできません。
しかし、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる」と約束してくださったイエスが必ずともにいてくださることを信じ、恐れずに、主イエス・キリストのことばを生きていきましょう。

教会報 2020年7月号 巻頭言

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